農地所有適格法人|設立要件と6つのメリット&デメリット、失敗事例を解説

農地所有適格法人の要件と設立手順
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農業への新規参入をご検討のあなたは「農地所有適格法人」のことをお調べではありませんか?
農地法は規制の多い独特な法律のうえ、はじめて見る専門用語ばかりでお困りではないでしょうか。

難しい「農地所有適格法人」設立への道も、わかりやすい解説と道しるべがあれば理想的ですよね。

そこで、この記事では実際に「農地所有適格法人」を設立した農地コンシェルジュが、要件や注意点等を経験をふまえて具体的にご説明します。

この記事を読めば、次のことがわかるようになります。

(1)農地所有適格法人の概要
(2)農地所有適格法人の要件
(3)農地所有適格法人になるため(設立するため)の手続き
(4)農地所有適格法人のメリット&デメリット
(5)農地所有適格法人の定期報告
(6)農業への新規参入で失敗するケース
(7)法人を設立せずに農業へ新規参入する方法

最後まで読めば、農地所有適格法人の設立について多いに参考になるでしょう。

 

目次

1. 農地所有適格法人とは|農地を取得できる農業法人

農地所有適格法人の法人形態

この章では、農地所有適格法人の基礎的な知識をご説明します。

以前は「農業生産法人」と呼ばれていました。
制度改正で要件が一部緩和され、現在の「農地所有適格法人」となりました。

この章を読むことで、改正後の農地所有適格法人について正しく理解できるようになります。

1-1. 農地所有的適格法人とは農地を取得できる農業法人

農地所有適格法人になるまでの流れ

農地所有適格法人とは、農業を営む法人が一定の要件を満たすことで農地を取得できる法人をいいます。

ただ、要件を満たしていても農地取得の許可を得ていない段階では農地所有適格法人ではありません。
農業委員会に農地取得の申請をし、許可を得られた段階で「農地所有適格法人」となるのです。

※各法人の具体的な要件については、2章で詳しく説明します。

ちなみに「農業法人」とは、農業を営むために設立された法人を意味する一般的な呼び名です。
法律で規定された用語ではありません。
それに対し「農地所有適格法人」とは、農地法で定められた法律用語です。

1-2. 農地は許可が無ければ買うことも借りることもできないし、農地転用もできない

先にも述べましたが、農地を取得するには農業委員会に申請し、許可を得ることが必要です。

農地法上厳しく規制されており、自由に売買したり賃借したりできません。
届出をしただけでもだめです。
申請し、審査を受けて、許可を得なければなりません。

また、農地転用(農地を住宅地、駐車場、資材置場などにすること)についても農地法上の許可が必要です。

農地法違反については「3年以下の懲役または300万円以下の罰金」という厳しい規定があります。
さらに、法人が違法な農地転用を行った場合は、罰金が「1億円」へと引き上げられています。
十分にご注意ください。

2. 農地所有適格法人の4つの要件|法人が農地取得の許可を得るために必要な絶対条件

農地所有適格法人として農地を取得するためには、農地法第2条3項に定められてる一定の要件を満たす必要があります。

具体的には、次の4つの要件になります。

要件 具体的内容
法人組織形態要件 ・農事組合法人、株式会社(非公開会社のみ)、または持分会社であること
事業要件 ・主たる事業が農業であること
構成員(議決件)要件 ・農業関係者の議決権が2分の1超であること
・農業関係者以外の者の議決権が2分の1未満であること
役員 ・役員の過半数が農業に従事していること
・役員まはた重要な使用人のうち1人以上が農業に従事していること

農林水産省HPにも要件が掲載されていますので、参考にしてください。
農林水産省HP|農地所有適格法人について

では、1つずつ詳しくご説明します。

2-1. (要件1)法人組織形態要件

農地所有適格法人になるためには、次の3つの組織形態から選ぶことになります。

形態 特徴 備考
農事組合法人(2号法人) 営利を目的とせず農業のみを営む法人で農家が集まって組織することが多い 農業以外はできない
構成員は原則農民であることから、メンバーに農業者がいないと実質不可
持分会社 合名会社、合資会社、合同会社がある 無限責任社員も含まれており、農業への新規参入ではあまり使われない
株式会社 企業が農業に新規参入するのによく使われる 株式の譲渡制限(株式を自由に売買できない)が必要

農事組合法人のうち1号法人については、農業生産を行わないため農地所有適格法人にはなれません。

2-2. (要件2)事業要件

直近3ヶ年の売上について、過半を農業関連で占めている必要があります。
新規参入の場合は、事業計画における今後の3ヶ年で判断されます。

つまり、農業関連の売上が半分以下だとNGということです。

なおここでいう「農業関連」とは、必ずしも「農業」でなくとも構いません。
次のようなことに関する売上もOKです。
・農畜産物の貯蔵、運搬又は販売
・農業生産に必要な資材の製造
・農作業の受託
・農山村宿泊施設サービス関係の役務提供

2-3. (要件3)構成員(議決権)要件

議決権の過半数が、次のような農業関係者で占められている必要があります。

・農地の権利提供者・・・法人に農地を貸したり売ったりした人
・農作業委託農家・・・法人に農作業を委託する人
・農業常時従事者・・・原則年間150日以上農業をする人

このような農業関係者の議決権の合計が過半数を占めていれば、株主総会などで企業側が強引な議案を通そうとしても多数決で反対できるということです。

2-4. (要件4)役員要件

役員についても次の要件を満たす必要があります。

・役員の過半数が農業の常時従事者であること(原則年間150日以上)
・役員または重要な使用人のうち1人以上が「農業」に従事すること(原則年間60日以上)
・代表権を持っている人が農業に常時従事していることが望ましい(原則年間150日以上)

ここで「農業」と「農業」は範囲が異なります。
「農業」とは、農地で行う作業のことです。具体的には耕うん、整地、播種、施肥、病虫害防除、刈取り、水の管理、給餌、敷わらの取り換え等の直接作業をいいます。
一方「農業」とは、上記以外にも配送や貯蔵、帳簿作成などの管理業務など農業にまつわる関連業務も含みます。

 

3. 農地所有適格法人になるため(設立するため)の手続き

この章では、農地所有適格法人になる方法、すなわち法人を設立する方法をご説明します。
(※一般によく利用される「株式会社」に限定して説明します。)

設立方法は、基本的には一般企業と変わりありません。
違いがあるのは、農地を取得するとき、そして所有している間です。

この章を読むことで、農地所有適格法人の設立の概要が理解できるようになります。

3-1.法人化にかかる手続きの費用は25~30万円

法人手続のイメージ図

法人を新規で設立するには、事務的な手続きだけでも25~30万円の費用がかかります。

内訳は次のようになります。

項目 費用の目安
定款認証手数料(謄本手数料含む) 52,000円
収入印紙代 40,000円
登録免許税(株式会社の場合) 150,000円
定款等の書類作成、商業登記、印鑑作成、印鑑証明等 20,000円~

3-2. 手続そのものは普通の法人設立の手続きと同じ|できれば代行業者に任せたい

農地所有適格法人の設立手続は、実は一般企業と変わりありません。

大半の手続きは自分ですることもできます。
ですが、次の理由によりプロの代行業者に任せることをお勧めします。

・手数料が安いところだと10,000円前後で可能
・電子定款(定款を紙ではなく電子データで提出する方法)が可能な代行業者だと印紙代(4万円)が不要
・早いところだと1週間前後で手続き完了

時間と労力を考えると有効な選択肢だと思われます。

ただし専門家に任せっきりはよくありません。
どういった手続きを経て会社が設立されるか、大まかな流れはだけは把握しておきましょう。

参考に、農林水産省のHPにある「法人の設立手続」を掲示します。
農林水産省HP|法人の設立手続き

法人の設立手続

ただし、農事組合法人については次の点が異なります。
・農事組合法人は定款の認証が不要
・発起人が理事を選任したときは、役員選任等の事務を理事が引き継ぐ
・設立登記は、発起人が約ウィンを選任した日や出資の払込日から2週間以内
・成立から2週間以内に知事への届出が必要

3-3. 重要なのは農地を取得するときにある

設立手続が一般企業と同じであるとすると、どの場面で農地所有適格法人が登場するのでしょうか。

それは農地を取得するときです。

農地は誰でも自由に取得できるわけではありません。
農地法により規制されており、取得にあたっては農業委員会の許可が必要となります。

その農地の取得申請を行う際、先に説明した農地法第2条3項の要件を満たし、農地取得の許可を得ることで「農地所有適格法人として農地を取得した」という状態となるわけです。

3-4. さらに重要なのは農地を持っている間ずっと要件を満たし続けること

そして「農地所有適格法人として農地を取得した」からには、農地の権利を有している間ずっとその要件を満たし続けなければなりません。

毎年、事業の状況等を記した報告書を農業委員会に提出します。
その際に要件を満たしていなければ相応の措置がとられることになります。

 

4. 農地所有適格法人を設立するメリット&デメリット

この章では、農地所有適格法人を設立するメリット、デメリットをご説明します。

この章を読むことで、農地所有適格法人を設立すべきか否かの判断材料を得ることができます。

4-1. 農地所有適格法人を設立するメリット

メリット1: 一般企業でも農地を取得できる

農地所有適格法人を設立するメリットは、何といっても企業が農地を取得できることです。

農業の高齢化や後継者不足で今後ますます耕作放棄地が増えることが予想されます。
農業に適した条件の良い土地が、耕作されないままどんどん放置されていくのです。
個人では限界があっても、法人が組織的に取り組めば収益性の高い農業が行えるかもしれません。

法人による農地の活用は時代の要請でもあります。
それは法改正で農地所有適格法人の要件が緩和されたことからも、伺い知ることができます。
農林水産省HPにおいても、法人が農業に参入することについて積極的にピーアールしています。
農林水産省HP|法人が農業に参入する場合の要件

メリット2: 融資や補助金が受けやすくなる

融資や補助金の中には、農地所有適格法人であることが要件のものもあります。

特に農業用機械・施設の導入を支援してくれるのが「強い農業・担い手づくり総合支援交付金」です。
農業法人等が優先的に受けられる補助金です。
具体的には次の3つのタイプにわかれています。

(1)産地基幹施設等支援タイプ
(2)先進的農業経営確立支援タイプ
(3)地域担い手育成支援タイプ

詳しくは農林水産省HPの下記ページを参照ください。
農林水産省HP|強い農業・担い手づくり総合支援交付金

多角化や規模拡大を検討する企業にとって、有効な手段の一つとなるでしょう。

メリット3: 既存のビジネスに左右されずに農業を展開できる

新規で会社を立ち上げるので、既存のビジネスに左右されずに農業を展開できます。

農業のみの収益分析も行えます。

また既存のビジネスの方も、新規ビジネスのリスクと切り離してマネジメントができます。

4-2. 農地所有適格法人を設立するデメリット

デメリット1: 農地を保有している間は要件を満たし続ける必要がある

農地所有適格法人のデメリットは、その要件の厳しさです。

2章で説明したように、組織形態要件、事業要件、構成員(議決権)要件、役員要件と非常に厳しい要件があります。

土地を取得するときだけでなく、土地の権利を有している間も要件を満たし続けなければなりません。

デメリット2: 会社の維持管理コストがかかる

新規で会社を作るわけですから、その分新規で維持管理コストが発生します。

帳簿も分ける必要があります。
決算も別になります。

会社設立費用だけではなく、その後のランニングコストも考慮しなければなりません。

デメリット3: 毎年の報告書の提出が必要

農地所有適格法人としての報告書を毎年提出しなければなりません。
(詳しくは5章で説明します。)

そういった煩雑さも覚悟する必要があります。

ただ、報告書の作成はデメリットばかりではありません。
新規参入した農業の経営状態を分析するという意義もあります。

最初にたてた事業計画との差異分析のも有用な情報となるでしょう。

5. 農地所有適格法人報告書

この章では、農地所有適格法人報告書について説明します。

報告書のフォーマットは特に決まっていませんが、提出先、期限、記載事項などは定められていますので、きちんと対応すべきところです。

5-1. 農地所有適格法人報告書の提出先・提出期限・入手先

農地所有適格法人は、農地を取得し所有している間は毎年報告書を提出する必要があります。

提出先・提出期限は次の通りです。

提出先 農業委員会
提出間隔 毎年
提出期限 事業年度終了後3ヶ月以内
報告事項 事業の状況等

記載すべき事項は定められていますが、フォーマットは特に決まっていません。

雛型であれば、農林水産省や地域役所のHPにアップされていますし、農業委員会でも入手できます。
参考:農林水産省HP「農地所有適格法人報告書」はリンクの119ページを参照ください。

5-2. 農地所有適格法人報告書に記載すべき事項

農地所有適格法人報告書に記載すべき事項は次の通りです。

(1)法人の概要

(2)事業の種類

(3)売上高

(4)農業関係者・農業関係者以外の状況

(5)役員・重要な使用人の農業への従事業況

報告書の項目を一つずつ埋めていくことで、農地所有適格法人の要件を満たしているかどうかを確認することができます。

(1)法人の概要について

法人の形態や組織の概要を記載します。
農地所有適格法人として認められているのは、「農事組合法人(2号法人)」「持分会社(合名会社、合資会社、合同会社)」「株式会社」のみです。

(2)事業の種類について

生産している農作物や関連事業の内容を記載します。
あわせて農業に関連しない事業の内容も記載します。

(3)売上高について

農業と農業関連事業の売上高を記載します。
直近3ヶ年の売上について、過半が農業関連で占められているかどうかが確認できます。

(4)農業関係者・農業関係者以外の状況について

議決権を持っている方全員について次の内容を記載します。

・議決権の数
・提供した農地の面積
・農業への年間従事日数

あわせて、農業関係者とそれ以外の議決権の合計・保有割合を記載します。
これにより、農業関係者が議決権の過半数を有しているか否かを確認できます。

(5)役員・重要な使用人の農業への従事業況について

役員や重要な使用人および代表権を持っている人の農業への従事状況を記載します。
その際は「農業」だけでなく、その内訳として「農業」の従事状況も記載します。
(※「農業」と「農業」の違いは「2-4.要件4:役員要件」を参照ください。)

これにより役員が農業従事の要件を満たしているか確認できます。

5-3. 役員要件農地所有適格法人報告書の記載例

農地所有適格法人報告書の記載例については、各市町村がHPにて公開しています。

千葉市の記載例がわかりやすかったのでを下記にご紹介します。

千葉市HP|農地所有適格法人報告書記載例

 

農地所有適格法人報告書記載例

 

 

5-4. 農地所有適格法人報告書の添付書類

農地所有適格法人報告書の添付書類には次のものがあります。

添付要件 添付書類
農地法施行規則で定められているもの 定款の写し
株主名簿(株式会社の場合)
組合員名簿(農事組合法人の場合)
各農業委員会が必要に応じて求めているもの 決算書の写し
損益計算書の写し
出勤記録の写し
総会等議事録の写し
法人登記簿の写し
役員名簿
契約書等の写し

農地法施行規則で定められているのは定款の写しと株主名簿(組合員名簿)の2つだけです。

ただし、その他の書類も任意ではありません。
各農業委員会が必要に応じて提出を求めているものです。

必ず管轄の農業委員会に確認し、必要な書類を揃えるようにしましょう。

6. 農業への新規参入で失敗する6つのケース

この章では、農業へ新規参入したものの失敗に終ってしまうケースをご紹介します。

農業特有の難しさもありますが、未然に防ぐことがでるケースもあります。

では、それぞれ詳しくご説明します。

6-1. 農業の経験やノウハウが不足している

農業への新規参入で失敗する一つ目のケースとしては、農業の経験やノウハウが不足していることです。

農業には長年の経験やノウハウが必須です。
天候と農地の組み合わせでも一つとして同じ条件はありません。
そしてそれらはマニュアル化されていないのがほとんです。

見よう見まねで作物を栽培して少しは育ったとしても、近隣のベテラン農家の反収(単位面積当たりの収穫量)にはかないません。

農地を見る目に関しても同じです。
素人目には良さそうな農地でも、地元農家から見れば条件の悪い農地もあります。
その場合、肥料を加えたり作物を変更したりなど、対応策も考える必要があります。

それに気付かずに頑張って栽培を続けていても、結果にはつながりにくいものです。

そういったことを考慮せずやみくもに資本を投入しただけでは、思うようにリターンが得られないかもしれません。

6-2. 地域との関わりの重要性に気づいていない

農業には地域独自のノウハウやローカルルールがたくさんあります。
そして日々助け合って農業をされています。

そんな中に、新参者として割り込んでもそう簡単には溶け込めません。
その地域に必須の重要な情報を教えてもらえないままでは成功するのは難しいでしょう。

同じ地域で栽培しているのに近隣の反収に全く及ばない場合は、こういった原因も考えられるのです。

6-3. 間接コストの見通しが甘い

農業には表に出ない間接コストがたくさんあります。
中でも代表的なものは次の3つです。

(1)雑草対策コスト
(2)運搬コスト
(3)見回りコスト

では、一つずつ説明します。

(1)雑草対策コスト

 

雑草対策は本当に大変です。
どれだけきれいに草刈りをしても1,2ヶ月で元に戻ってしまいます。
この「草刈り」というまったく生産性のない作業にどれだけ予算を見込んでいるでしょうか。

もちろん基本的に農地に除草剤はNGです。

(2)運搬コスト

 

農業における運搬コストも無視できません。
農作業を細かく分析すると「持ち上げて、運んで、降ろす」作業が本当に多いです。
種や苗・肥料や農薬・収穫物・農機具・残渣(廃棄する野菜)など様々なものを場所から場所へ運搬しています。
純粋な栽培作業より運搬作業の方が多いかもしれません。

工場のようにオートメーション化できないだけに、ほぼ手作業で運ぶことになります。
この運搬コスをときちんと見込んでおく必要があります。

(3)見回りコスト

専業農家であれば、毎日農地に出向くので意識せずして見回りをしています。
生育具合や病気などの異変にいち早く気づいて対処もできます。
ここにコスト意識はありません。

しかし、これを仕事とみなして時間給で計算した場合、コストはどうなるでしょうか。
車での移動時間やガソリン代も含めると無視できません。
定期的に見回るとなると、作物から得られる収益から考えて割が合うのでしょうか。

では、今流行のスマート農業のもと監視モニターを設置した場合はどうでしょう。
初期設備費やランニングコストはそこで育てている作物から回収できるのでしょうか。

6-4. 販売計画の見通しが甘い

収入面においても次のような課題があります。

(1)安定して出荷できるようになるまで時間がかかる
(2)販路の開拓が容易ではない

(1)安定して出荷できるようになるまで時間がかかる

ほとんどの作物は数ヶ月から半年以上かかって育つものです。
育ったとしても、すぐに販売できる品質のものが収穫できるとは限りません。
病気や害虫などで歩留まりが下がることもよくあります。
市場で販売できる品質のものが安定して作れるようになるには2、3年はかかるかもしれません。

(2)販路の開拓が容易ではない

また、販路の開拓も簡単ではありません。

他所からきた企業が野菜を売り込もうとしても、そうそう受け入れられるとは限りません。
レストランや大手スーパーは、ある程度の量を安定して出荷できる実績がないと契約してくれません。
産地直売所は基本的には委託販売ですので、店頭に並べただけではだめです。
消費者が購入してはじめて売り上げとなります。

値下げして・・・と考えたいところですが、野菜に値下げの余地は殆どありません。

作ればすべて売れるわけではないのです。
「収穫予想=売上予想」のような事業計画では、達成は難しいでしょう。

6-5. 不測の事態が及ぼすリスクの度合いが大きい

不測の事態が起こったときのリスクの度合いが、農業は特に大きいです。

例えばたった1度の台風・大雨・干ばつで、1年間育ててきた農作物が全滅といったことも起こり得ます。
そのぐらい自然災害が収穫高にもたらす影響を大きいのです。

また、皮肉なことに豊作の場合であっても、相場が下落すると思うように収益につながりません。
そうなるとタダ同然の値段で店頭に並ぶこともあります。
出荷する手間の方が高くつくため、収穫もせずにそのまま放置することもあります。

努力とは無関係にこういったリスクに左右されるのです。

6-6. 初期投資の回収が重くのしかかる

普通の農家は、先祖代々譲り受けた農地や農業機械を大事に使っています。

しかし新規参入の場合、すべてを新規調達しなければなりません。
かなりの初期投資になるでしょう。

その一方で安定した収益を得るのは本当に難しいのは先に述べたとおりです。

そうなると多額の初期投資がいつ回収できるかわかりません。

投下資本回収率などの経営分析指標を頼りにすると、非常に厳しい分析結果になると思われます。

結局、初期投資も回収できないまま「撤退」というケースが後を絶たないようです。

できることなら、地元農家の協力を得つつ、数年間農業を実践してから、法人化を検討したほうが良いのかもしれません。

7. 農地を賃借するだけなら農地所有適格法人の設立は不要

この章では、地所有適格法人の設立をしないで農業に参入する方法を紹介します。

メリット&デメリットとその要件を具体的に解説します。

農地所有適格法人を設立すべきか否かの検討材料の一つとして、参考にしてください。

7-1. 農地法改正における農地賃借規制の緩和について

農地法改正により、農地所有適格法人以外でも一定の要件を満たせば農地の「賃借」が可能となりました。

これにより一般企業でも農業の参入がしやすくなっています。

一定の要件については「7-4.農地を賃借するための要件」を参照ください。

7-2. 農地の賃借による農業参入のメリット

法人設立手続が不要となり、その分のコストがかからなくなります。
ランニングコストも法人設立する場合ほどにはかかりません。

農地を賃借するので、購入する場合よりも初期投資は少なくおさえられます。

これにより農業参入の是非のシミュレーションを、リスクを減らしながら実施できるようになります。

7-3. 農地の賃借による農業参入のデメリット

農業委員会への定期報告が必要となります。

法人設立する場合に比べて、補助金や融資の選択肢が少なくなります。

賃借の場合、返却もあり得るので施設園芸などは難しくなります。

またたとえ賃借であっても水利関係などの地域活動への参加は必要になります。

7-4. 農地を賃借するための要件

農地を賃借するためには、次の要件をすべて満たす必要があります。

(1)使用貸借または賃借の契約であること

(2)契約書に解除要件を盛り込むこと

(3)地域活動への役割分担に関わること

(4)継続的かつ安定的に取り組むこと

(5)役員が農業に常時従事すること

(6)農地の利用状況を毎年報告すること

では、一つずつみていきましょう。

(1)使用貸借または賃借の契約であること

あくまで賃借です。購入することはできません。

(2)契約書に解除条件を盛り込むこと

契約書に「農地を適正に利用していない場合は契約を解除する」旨の記載が必要です。

借りたはいいが農業をきちんと行わないのであれば、契約解除される恐れがあります。

契約書のサンプルが、農林水産省にアップされていますので参考にしてください。
参考:農林水産省HP「農地(採草放牧地)賃貸借契約書」はリンクの190ページにあります。

(3)地域活動への役割分担に関わること

たとえ賃借であってもその地域で農業を営むわけですから、地域の維持発展に努める必要があります。
水利組合などの地域活動にも参加し役割分担することになります。

(4)継続的かつ安定的に取り組むこと

機械設備や労働力を必要程度確保し、継続して安定的に取り組める体制を整える必要があります。

(5)役員が農業に常時従事すること

役員の1人以上が農業に常時従事している必要があります。
常時とは、原則年間150日以上とされています。

なお、ここでの農業は「農業」に限定されません。
計画の作成やマーケティングなども農業に含まれます。

(※「農業」と「農業」の違いは「2-4.要件4:役員要件」を参照ください。)

(6)農地の利用状況を毎年報告すること

農地の利用状況を毎年事業年度終了後の3ヶ月以内に農業委員会に報告する必要があります。

報告書の雛型が、農林水産省にアップされていますので参考にしてください。
参考:農林水産省HP「農地等の利用状況報告書」はリンクの90ページにあります。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

この記事では、農地所有適格法人について次のことを説明しました。

(1)農地所有適格法人の概要
(2)農地所有適格法人の要件
(3)農地所有適格法人になるため(設立するため)の手続き
(4)農地所有適格法人のメリット&デメリット
(5)農地所有適格法人の定期報告
(6)農業への新規参入で失敗するケース
(7)法人を設立せずに農業へ新規参入する方法

このように「農地所有適格法人」という制度を利用することで、企業にも農業への参入の門戸が開かれていることがおわかり頂けたと思います。
また「農地所有適格法人」を利用せずに農業へ参入する方法があることも、ご確認頂けたと思います。

ただ、一般企業がノウハウもないまま農業に参入して、採算が合わず撤退する話もよくあります。
農地が安いからという安易な動機だけでは、農業ビジネスを成功させるのは難しいようです。

今後はこういった制度を利用しつつ、農業に対してプラスアルファのノウハウを持った企業が、農業ビジネスを成功させていくのかもしれません。

この記事を通じて、農業への多角化の検討の際の参考材料として頂けたら幸いです。

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